Se connecterだが一週間は、一週間で終わらなかった。
最初のうちは、パルマも急かさなかった。
知らない土地へ来たばかりの者を、すぐに畑へ出す必要はない。春の作業は多いが、手はほかにもある。 ジョバンニは、果樹園の下仕事へ入った。 枝を運び、根元の草を抜き、古い支柱を取り替える。言われたことはする。 少し不器用ではあったが、逃げるような男ではなかった。昼には他の男たちと同じ賄いを食べ、夕方には、借りた家へ戻っていく。 そしてその手には、いつも何かがあった。 麦の小袋。傷のある果物。乾燥花を束ねそこねたもの。余った薪。古い布。 どれも、最初に住み着く者へ渡す範囲のものだった。 帳面にも載せてある。返せる分は仕事で返してもらう。返せない分は、落ち着いてから別の軽い仕事へ回す。 ……そのはずだった。 けれど、アエリアは*
「今日は、少し頭が重いそうなんだ」
フェルナンが言ったのは、十日ほど経った頃だった。
その日は、乾燥小屋で花の茎を揃える仕事を回す予定だった。座ってできる。花の向きをそろえ、傷んだものを分け、束ねる前の下仕事をするだけだ。 パルマは帳面の端に挟んでいた札を一枚抜いた。「では、明日にしましょう」
「悪いな」 「貴方が謝ることではありませんでしょう? アエリアさんの仕事です」フェルナンは少し黙る。
「そうなんだが、彼女はまだ、色々つらいらしい。実家でずいぶん厳しくされていたみたいで、仕事という言葉を聞くだけで身がすくむと……」
「それをジョバンニさんが?」 「いや、アエリアさんが」パルマは札を戻した。
身がすくむ。なるほどそれは気の毒なことだ。 ただ、アエリアの身体は、果物の籠を受け取る時にはすくまない。 最初に渡した傷物のプラムは、二日後には別の果物に替えてほしいと言ってきた。酸味が強くて喉を通らなかったらしい。 そこでフェルナンは、台所へ寄り、賄いに回す予定だった梨を二つ持たせた。ところがそれも、少し固かったという。 次に出したのは、熟れの進んだ桃だった。売り物にはならない。今日中に食べなければ傷むものだ。 アエリアは、「桃なら食べられるそうだよ」
フェルナンは明るく言った。
「よかったじゃないか。何も食べられないよりは」
「ええ」パルマは答えた。
「よかったですね」
それ以上は言わなかった。
ただ、それから台所には、賄いに回す果物と市場に出す果物を、前より離して置くよう命じた。*
アエリアは、屋敷へ来る時、必ず遠慮を口にした。
「本当に、売り物にならないもので結構ですの」
そして籠の中をのぞき、指先で果物を少し回す。
「これなど、もう傷みかけているのではありませんか」
彼女がそう言って選んだ桃は、決して傷みかけではない。皮の赤みが深くなり、香りが立ち、翌朝の市場へ出せば真っ先に買い手がつく上物の実だった。
パルマが別の小さい桃を出すと、アエリアは微笑んだ。「まあ、こちらでよろしいのですか? 私、分からなくて」
分からないと言う声は、いつも柔らかい。
けれど、よいものへ伸びる手は柔らかくなかった。*
半月が過ぎる頃、アエリアは家の椅子が合わないと言い出した。
「腰が痛むそうなんだ」
また、フェルナンだった。
パルマはその時、香油用の花の出荷数を確認していた。乾燥させる花は、咲いたらすべて同じように使えるわけではない。香りの強いもの、色の残るもの、薬草袋に向くもの。それぞれに分ける。「空き家に置いてあった椅子は古いですからね」
「ああ。だから、屋敷で使っていない椅子を一つ譲れないかと思って」 「どの椅子ですか」 「東の物置にある、背もたれの高いものだよ。もう使っていないだろう」パルマは顔を上げた。
「あれは診療所へ回す予定です。産後の女や、年寄りが座るのにちょうどいいので」
「でも今すぐではないだろう」 「今すぐではありません。けれど行き先はもう決まっています」フェルナンは困ったように笑った。
「パルマは、何でも行き先を決めているんだな」
「決めておかないと、必要な時に足りなくなります」フェルナンはそれには返事をせず、少しだけ声を落とした。
「アエリアさんは、あまり眠れていないようなんだ。椅子があれば、昼間だけでも休めるかもしれない」
「休むための椅子なら、別のものを出します」パルマは倉番を呼び、客用ではないが丈夫な椅子を一脚出させた。背もたれは低く、飾りはない。だが座面は張り替えたばかりで、実用には充分だった。
それを見たアエリアは、丁寧に礼を言った。「ありがとうございます。私のために、こんなによくしていただいて」
だが翌日、フェルナンがまた言った。
「やはり、背もたれが低いと疲れるそうだ」
パルマは、その時はじめて、夫を少し長く見た。
「……フェルナン」
「何だい」 「貴方は昨日、その椅子に座りましたか?」 「いや」 「では、アエリアさん――困っている。
その言葉は、この春から何度も出てきた。
アエリアが困っている。ジョバンニが困っている。慣れない土地で困っている。実家のことを思い出して困っている。椅子が合わなくて困っている。果物が食べられなくて困っている。 確かに、困っている者を助けるのは、領主家の仕事だ。 だが、困っている者が、いつもよい果物の前に立ち、よい椅子の名を覚え、よい茶の香りにだけ顔を上げるのなら、それは少し別の話になる。「診療所へ回す椅子は出しません」
パルマはきっぱりと言った。
「代わりに、座面へ敷く厚布を渡します。古い綿を詰め直せば使えます」
「それでは」 「それで足りないなら、ジョバンニさんの仕事代から少しずつ引いて、新しい椅子を買うことになります」フェルナンは黙った。
*
その日の夕方、ジョバンニが屋敷へやって来た。
帽子を両手で持ち、玄関先で何度も頭を下げる彼の顔は疲れていた。春先に見た時より、目の下が少し暗い。「……椅子のことは、もう結構です」
彼はそう言った。
「本当に、申し訳ありません。今ある椅子で何とかします。厚布をいただけるだけで、充分です」
パルマは、奥から厚布を持ってこさせた。
「仕事代から引きますか」
「はい」ジョバンニは迷わず答えた。
「お願いします」
その時、アエリアは来なかった。その代わり、翌日、フェルナンが言った。
「アエリアさんが、ジョバンニに怒られたそうだ」
「そうですか」 「椅子のことで、恥をかいたと」パルマは帳面に線を引いた。
「恥をかいたのは、ジョバンニさんでしょう?」
「パルマ」フェルナンの声に、少しだけ咎める色が混じった。
「彼女は傷つきやすいんだ」
パルマは筆を置いた。
「では、傷つかない仕事を探しましょう」
離縁は、秋の初めに成立した。夏祭りから、既にひと月半ほど経った頃だった。 フェルナンは実家へ戻ったまま、エルデート領へ来ることはなかった。 離縁状には彼の署名と、実家の兄の署名が添えられていた。子供たちとの面会については、当面、パルマの許可と乳母の同席を条件とする、と決められた。 カティはにその話をしたが、ふうん、という顔のまま、問いかけてきた。「お父様、遠く?」「ええ。お父様のご実家にいます」「ごはんの時、来ない?」「来ません」「ほんと?」「本当です」 カティは少し考えてから、ロンベルトの皿へ葡萄を一粒置いた。「じゃあ、ロン、食べていいよ」 ロンはそれをつまみ、薄い皮を歯で破った。甘い果汁が口に広がったのか、目を丸くして、もう一粒と手を伸ばす。 カティは笑った。 その笑い声が食堂に戻ってきた時、パルマはようやく、ひとつ息をついた。 屋敷は静かになった。けれど、暗くはなかった。 倉の鍵は元の数に戻り、台所の出入りはしばらく記録が続けられた。 領民の家から持ち出された梨や薪や蜂蜜漬けについては、ラグラス家から弁済が届いた。フェルナンの実家からも、彼が促した分について別に謝罪と金が送られてきた。 * 女たちは、最初のうちこそ怒っていた。「うちの梨、ほんとに腹が立ちましたよ」「蜂蜜漬けなんて、嫁が産後に食べる分だったんですから」「花くらい、ですって。花を干す手間を知らないから、そんなことが言えるんですよ」 台所や乾燥小屋でそう言い合っていたが、金が戻り、パルマが一軒ずつ詫びと説明を入れると、怒りは少しずつ畑や市場の忙しさに溶けていった。 よい季節は、人を待たない。桃の次は、葡萄が来る。 その葡萄が本格的に色づき始めた頃、リクローデから厚い手紙が届いた。 差出人は、ラグラス家のメリーナだった。 封を切ると、桃の花を押した小さな紙片が一枚、挟まれていた。香りはほとんど残っていない。ただ、薄く乾いた花びらの形だけが、丁寧に残されている。 パルマは窓辺の机で、手紙を広げた。 *** エルデート子爵夫人パルマ様 先日は、娘アエリアの件で大変なご迷惑をおかけいたしました。 改めて、ラグラス家より深くお詫び申し上げます。 お約束した弁済金は、第一便としてお送りいたしました。 残りについては、ジョバンニの借り分、娘が
「母上……!」「実家へ戻りなさい。パルマ様の家に、今のあなたを置いていただくわけにはいきません」「でも、僕は」「まだ夫のつもりでいるのですか!」 その言葉に、フェルナンは黙った。フェルナンの兄が、引き取るように言う。「離縁の手続きに入る。それはこちらで預かる。お前が勝手に戻らないよう、俺が見る」「兄上、そんな……」「お前はそこまでのことをしたんだ」 兄の声は地を這うように低い。「お前は女にうつつを抜かしただけではないんだ。家の物を流し、領民の家も巻き込んだ。それに子供を傷つけた。これで、まだ自分が屋敷に残れると思っているなら、昨日までのことの意味が何も分かっていない」 フェルナンは、両手で顔を覆う。その仕草に、パルマは少し前なら胸を痛めたかもしれない。 だが今の彼女は泣く彼を見て、何かを差し出す人間でいる余裕はない。「子供たちには……」 フェルナンが、手の中から声を出した。「カティとロンには、会わせてもらえるだろうか?」 応接室の扉の向こうで、遠くカティの声がする。乳母に何か読んでもらっているのだろう。昨日より少し明るい声だった。「当面は認めません」 フェルナンが顔を上げた。「パルマ」「カティは昨日、あなたに嘘つきという意味のことを言われました。ロンは、アエリアさんを見ると乳母に隠れました。あなたはその二人の前で、何をどう謝るのか、まだ分かっていません」「……分かっている!」「いいえ」 パルマは首を振った。「今のあなたは、謝って自分自身が許されたいだけです」 フェルナンは言葉を失った。「子供たちに会う話は、離婚の手続きが進み、あなたが実家で落ち着いてからです。乳母と私が同席し、短い時間から始めるかどうかを決めます」「僕は、父親なのに……」 フェルナンの呟きは、ほとんど子供のようだった。「昨日、父親でいなかったからです」 パルマの言葉に、フェルナンの母が、目を閉じた。 兄嫁がそっと彼女の背に手を添える。フェルナンの兄は、もう弟を見ていなかった。卓の上の鍵の束を見ていた。 鍵は、返された。しかし返されたからといって、開けてしまったものが元に戻るわけではない。「荷物は、今日中にまとめさせます」 パルマは続けた。「私物だけです。書類、帳面、印章、領地に関わるものは持ち出せません。あなたの衣服、本、身の回り
翌朝、花飾りは外された。 広場に残っていた薄紅の花は、夜露を吸って重くなっていた。まだ香るものは乾燥小屋へ回し、傷んだものは畑へ戻す。 祭りの翌日は、いつも少し静かだ。子供たちの笑い声も、昨日ほどは聞こえない。 カティは乳母と一緒に、奥の部屋で絵本を見ていた。ロンベルトは朝食の途中で眠くなり、そのまま乳母の膝でうとうとしている。 フェルナンは、朝食のテーブルには来なかった。来られなかったのだろう。 パルマは、いつも通り朝の帳面を開く。 祭りに使った桃、戻した皿、割れた杯、余った花、配り終えた干し葡萄。ひとつずつ線を引く。 昨日、アエリアが強く握った桃も、祭り用の箱からは外してあった。 皮に指の跡がついたものは、子供たちの皿にも、客の皿にも載せない。市場にも出せない。けれど、捨てるほど傷んでいるわけではない。「その桃は、傷のついたところを落として、台所で食べてちょうだい」 朝のうちに、パルマは台所頭へそう命じた。「カティとロンには、別の桃を」「はい、奥様」 台所頭は、それで十分に分かった顔をした。 果物は、同じように見えても行き先が違う。客へ出すもの。子供へ出すもの。市場へ出すもの。賄いに回すもの。傷のところを薄く落として、その場で食べるもの。 傷がついたものを、傷のないものと同じ箱へ戻してはいけない。 けれど、食べられるものまで捨てる必要もない。終わったものは、終わったものとして閉じる。使えるものは、使える形へ回す。 それが済んでから、パルマは応接室へ向かった。 * 部屋にはすでに親族が揃っていた。 パルマの母は、窓に近い椅子へ座り、母方の叔父は、扉近くに立っていた。 フェルナンの母と兄夫婦は、向かいの席に並んでいる。 そしてフェルナンは、ひとりだけ少し離れた椅子に腰を下ろしていた。 昨日より顔色が悪い。眠れなかったのだろう。上着も着ているが、袖口のボタンがひとつ外れたままだった。「お待たせしました」 パルマがそう言って席につくと、叔父が短く頷いた。「それでは始めよう」 フェルナンが顔を上げた。「パルマ、その前に」「話は伺います。ただし、順に」 パルマは卓上へ小さな束を置いた。昨日、フェルナンが返した鍵である。 倉、台所、保存室、書庫、冷えた部屋。小さな札がそれぞれにつけられている。五年の間に、夫婦と
その年の祭りには、親族も来ていた。 パルマの母と母方の叔父。隣領へ嫁いだ従姉。フェルナンの実家からは、兄夫婦と年老いた母が来ていた。 例年なら、祭りの席は賑やかに終わる。 広場で桃を配り、花飾りを見て、子供たちが走り回り、夕方には屋敷で軽い食事を取る。親族はそこで、今年の実りや子供たちの成長を笑い合って帰る。 だが、今年は違った。 ラグラス家の馬車が去ったあと、広場にはしばらく妙な静けさが残った。 男たちは片づけの手を動かしながら、時々顔を見合わせる。 さっきまで自分たちが「可哀想な奥様」だと思っていた女が、馬車の中から悪態を吐き散らして帰っていったのだ。何を言えばよいか分からない顔をしている。 女たちは、分かっている顔をしていた。「だから言ったでしょう」 乾燥小屋の女が小さく言った。「泣く人が、いつも弱いとは限らないのよ」 それを聞いていたフェルナンの兄嫁が、黙って頷いた。 彼女は祭りの途中から来ていた。幼い甥と姪に菓子を渡そうとして、倉の騒ぎを少し見た。その後、広場でアエリアの悪態を聞いた。 フェルナンの兄は、弟のそばへは来ない。今行けば、殴るかもしれないと思ったのだろう。 パルマの母は、カティのそばにいた。 先代子爵夫人である彼女は、もう領地の実務から退いている。だが、花と果物の家で何が大事かは、誰よりも知っていた。「カティ」 母が呼ぶと、カティは桃の皿を持ったまま顔を上げた。「怖かったでしょう?」「ちょっと」「ロンは?」「こわかった。アエリアさん、チッってしたから」「そう……」 母は、それ以上かわいそうとは言わなかった。代わりに、カティの皿を見た。「その桃はおいしい?」「おいしい」「なら、よかった。カティの桃だものね」 カティは強く頷いた。「ロンのもある」「ええ。ロンのも」 その会話を、少し離れた場所でフェルナンの母が聞いていた。 彼女は白髪の多い女だった。病弱ではないが、年相応に動きはゆっくりしている。普段は穏やかで、息子を責めるようなことをあまり言わない。 その母が、フェルナンの前に立った。「フェルナン」 フェルナンは、はっとしたように顔を上げた。「は、母上……」「あなた、あの子に謝らせようとしたのですってね」 フェルナンの顔が強ばる。「それは…… 聞き間違いで人を」「聞
広場が一気に静かになる。 子供たちは乳母や母親に抱き寄せられた。 ロンはパルマのスカートを握っている。カティは唇を噛み、アエリアを見ていた。 叔父のバルトが、ため息をついた。「はあ…… まあ、要するに、こういうことなんですよ」 その言い方は、あまりにも慣れていた。「ま、長くは持ちません。泣く席を取り上げると、すぐこうなる」 メリーナが頷いた。「エルデートの奥様、娘がご迷惑をおかけしました」「ええ、迷惑は充分受けました」 パルマは大きく息を吐く。「ですが、こうして迎えに来てくださったことには、本当に感謝します」「ええ、今後の補償も、話し合いましょう。あれが持ち出したもの、食べたもの、仕事を止めた分、こちらで分かる限り弁済いたします」 ガスパルが言うと、アエリアがまた叫んだ。「私を売る気なのね! 金で! 娘を金で!」「お前が食べた分の話だ」 バルトはひどく淡々と言う。「食べたなら払う。持っていったなら返す。家の子供でも同じだ」「私は子供じゃないわ! 子供扱いする気!?」「では、なおさらだ」 その瞬間、アエリアは叔父へ飛びかかろうとした。だがその前に、兄のルシアンとバルトが動いた。彼らは迷いがない。アエリアの両腕を押さえ、暴れる足をかわし、持ってきていた布紐で手首を縛った。 フェルナンが思わず声を出した。「あ、あの…… 乱暴では」 ふー、ふー、とアエリアは息を荒げている。バルトは彼を見て苦笑する。「では、あなたが馬車まで運んでくださいますか?」 フェルナンは黙った。「ああもう、あなた、本当に役立たず!」 裏返るアエリアの声に、フェルナンの肩ががくんと落ちる。「ほら行くぞ。さっさと歩け」「離して! 触らないで! 薄汚い手で! こんな果物臭い場所、こっちから願い下げよ。皆、馬鹿みたいに桃なんかありがたがって。私に出すならもっと良いものを出しなさいよ!」 桃を配られていた子供のひとりが、皿を胸に抱え、その母親が、子供の耳を片手でふさぐ。 メリーナの表情が、そこで初めて辛そうにものになった。「……本当に、申し訳ありません」「謝罪はあとで伺います」 パルマは答えた。「今は、あの人を馬車へ。その予定だったのでしょう?」 その通りに、アエリアは馬車に押し込まれた。すぐに、内側から大きく扉を叩く音がする。「開け
パルマはその日、そのまま仕事を続けた。祭りの前日なのだ。 桃の箱を移し、菓子に回す干し葡萄を数え直し、広場へ飾る花の束を確認しなければならない。 南端の家の女ひとりに、領地の祭りを止めさせるつもりはなかった。 だが、念のため、控えの部屋には、侍女を二人置いた。 ひとりは台所頭の妹で、夫と息子を南端の家に引きずられかけた女だった。もうひとりは、乾燥小屋の女たちをまとめる古参である。 どちらも、泣く女の顔だけで物を渡すような性分ではない。「奥様、本当にこのままでよろしいのですか」 台所頭の妹が、扉の前でパルマに尋ねた。「というと? 何かあったの?」「泣いております。ずっと」「水は?」「お出ししました」「食事は?」「賄いと同じものを。豆の煮たものと、普通のパンと、薄いスープです」「そう。食べましたか?」「パンを少しだけ。スープは匂いが強いと」「そのままでいいわ。そう選んでるのだから」 侍女は頷いた。扉の向こうから、かすれた声が聞こえる。「こんな椅子では、座っていられませんわ…… 背が、腰が痛くて」「では、立っていても構いません」 古参の女が、扉の内側から答えた。「水がぬるい……」「井戸水です。皆それを飲みます」「せめて、香りのよいお茶を……」「奥様のご指示がありません」「私、客として来たのに……」「客ではないと、先ほど奥様がおっしゃいました」 そこまで聞いて、パルマはふう、と息を吐く。扉の前に立つ必要はない。アエリアが何を言うかは、もう大体分かる。 よい椅子。よい茶。よいパン。そばに居てくれる誰か。そして「お客様扱い」。 だがそのどれも、今日は出ない。出すつもりもない。「何かあれば呼んで」「はい、奥様」 パルマが廊下を戻ると、フェルナンが待っていた。倉からこちらへ来る間に、何度か使用人に止められたのだろう。顔に苛立ちが浮いている。「アエリアさんに会わせてくれ」「会わせません」「なぜだ」「あなたが会うと、話が進まないじゃないですか」 フェルナンは目を見開いた。「彼女は今、怯えているんだ!」「怯えているなら、なおさら余計な約束などしない人間がそばにいるべきです」「余計な約束?」「『リクローデへ戻さない。僕が何とかする。君は何もしなくていい』。そういう約束です」 フェルナンは言葉に詰まる。言